Beyond the Flowers|つくば牡丹園が世界最大級の牡丹・シャクヤク園になるまでの37年

更新日:3 日前
住宅、ホテル、リゾート施設のように、人が長い時間を過ごす不動産では、建物だけでなく、その土地に根づいた庭や植栽、周囲の景観も、場所の魅力を形づくります。別荘やリゾート、庭のある邸宅では、敷地内でどのような風景に触れ、どのような時間を過ごせるかも、所有体験の一部になります。
茨城県つくば市にあるPeony Garden Tokyo in Tsukuba (つくば牡丹園)は、約800種類、6万株の牡丹・シャクヤクや、地形を生かした里山の景観が楽しめる世界最大級の牡丹・シャクヤク園です。
しかし、この場所の魅力は花の数や美しさだけではありません。
つくば牡丹園の歩みは、花の名所をつくった物語というより、美しい花を見せるだけの庭を、「その場所らしさ」を感じられるランドスケープへと育ててきた事例といえます。
本記事では、37年の歩みをたどりながら、場所の個性を育てるランドスケープのあり方を考えます。
園長で、自らを「土職人」と称する関浩一氏は、37年にわたって土地と向き合い、植物を育て、庭の環境そのものを変えてきました。その出発点にあったのは、一輪の牡丹との出会いでした。
一輪の牡丹から始まった「場所づくり」
つくば牡丹園が開園したのは1989年。関氏が植物と土に深く向き合うようになった背景には、開園時に出会った一輪の牡丹「芳紀」がありました。
「その花に憧れ、もう本当に憧れていたのです。一目惚れして」
ところが、その牡丹は次第に弱り、やがて枯れてしまいます。
「その枯れるのが本当に悔しくて」

つくば牡丹園園長の関浩一氏が開園当時に出会い、土づくりと栽培方法を追究するきっかけとなった牡丹「芳紀」/提供:つくば牡丹園・株式会社リーフ
どうすれば牡丹を健やかに育てられるのか。関氏はそこから栽培環境を学び直し、1991年頃から土づくりにも取り組み始めました。
この経験を境に、関氏の関心は「花をどう見せるか」だけではなく、「花が長く育つ場所をどうつくるか」へと広がっていきます。土壌の詳しい仕組みよりも、ここで重要なのは、その試行錯誤が庭そのものの考え方まで変えていったことです。
「牡丹園」から「Peony Garden」へ
開園当初の庭は、区画を分けて牡丹を見せる、人工的につくられた牡丹園でした。
しかし関氏が目指したのは、牡丹だけを切り取って見せる庭ではありません。自然の里山の中に牡丹やシャクヤクがある風景へと、少しずつ庭の姿を変えていきました。

つくば牡丹園の開園35周年を記念した「グリーンハントノート」掲載のヒストリーイラスト。関園長が30年以上にわたり牡丹・シャクヤクや土と向き合ってきた歩みを紹介している。ノートは在庫限りで購入可能/提供:つくば牡丹園・株式会社リーフ
「何年か前から牡丹園って言いたくなくて、ピオニーガーデンってそこで言いたかったんですね。牡丹と芍薬のガーデンだよっていうことで」
これは単なる名称の変更ではありません。
花壇の中の花たちを単に鑑賞する場所から、樹木や周囲の自然と一緒に牡丹・シャクヤクを楽しむ場所へ。名称の変化には、関氏が目指してきた「場所の見せ方」の変化も表れています。
「その年、その年」の判断が場所の個性になる
37年後の姿を、関氏が最初から思い描いていたわけではありません。
関氏は、毎年その年の花を育て、良い花を咲かせることを繰り返してきたと話します。
「37年後はどうなっているか、全然意識していなくて。その年、その年、一生懸命花を植栽して、花を育てて、いい花を咲かせようと。その一生懸命の積み重ねが今ですね」
この言葉が示しているのは、庭を一度の設計や工事で完成させるのではなく、毎年の運営の中で調整していく考え方です。何を残し、何を植え、どこを変えるか。
そうした小さな判断の積み重ねが、現在のPeony Gardenの個性につながっています。

早朝のつくば牡丹園を巡回する園長で土職人の関浩一氏。4〜5月頃の開園期間中は、牡丹・シャクヤクの開花株数を毎朝確認し、その様子をつくば牡丹園ずかん、公式SNSなどで「園長日記」として公開している/提供:つくば牡丹園・株式会社リーフ
社会情勢や経済環境によって再投資が難しい時期もありましたが、関氏はこの場所を離れず、その時々にできる改善を続けてきました。
建物の外側にも、不動産の「その場所らしさ」がある
不動産の魅力を考えるとき、立地、建物、眺望、面積といった条件がまず目に入ります。
一方、別荘やリゾート、庭のある邸宅では、窓から見える緑や季節ごとに変わる植栽、敷地を歩いたときに感じる雰囲気も、そこで過ごす時間を形づくります。
つくば牡丹園の37年から見えてくるのは、ランドスケープは単に完成した景観を維持するものではなく、運営しながら「その場所らしさ」を育てていくものだということです。
花の数だけでは説明できない魅力が現在のPeony Garden Tokyo in Tsukubaにあるように、建物の外側にある環境も、その場所を選び、長く楽しむ理由の一部になり得ます。
関 浩一 :土職人/Peony Garden Tokyo in Tsukuba(つくば牡丹園)園長
1960年生まれ。牡丹「芳紀」との出会いをきっかけに植物栽培や農薬不使用の土づくりを深く関わることを志す。1989年のつくば牡丹園開園後、土壌微生物と有機物に着目した土づくりを追究。30年以上にわたる土壌改良の経験をもとに、馬ふんベースの発酵堆肥「サラブレッドみほ」の開発にも携わる。2022年3月、東京農工大学大学院博士課程(農学)を修了。現在も土づくりの指導やコンサルタント、後世へ残る技術開発に取り組んでいる。



